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波子
Namiko
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坂口安吾
Sakaguchi Ango
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坂口安吾全集 03
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「現代文学 第四巻第七号」大観堂
1941(昭和16)年8月28日発行
publié en Août 1941 dans Gendai Bungaku, Vol 4 N°7
波子は、裕福な家庭に生まれながらも、結婚に強い抵抗を感じていました。父親は、晩年になって突如「死花を咲かせる」と言い出し、莫大な財産を使った奇抜な行動に出始めます。周囲には、父親の死花に群がる奇妙な人々が集まり、波子の結婚話が持ち上がります。やがて、波子にふさわしいと父親が選んだのは、堅物で保守的な技師の遠山でした。しかし、波子は遠山の性格に耐えられず、結婚を拒否します。
Namiko, née dans une famille aisée, éprouvait une forte résistance au mariage. Son père, sur le tard, se mit soudain à dire qu'il allait "faire fleurir la fleur de la mort" et commença à adopter des comportements excentriques et à dépenser une fortune considérable. Autour de lui, d'étranges individus se rassemblèrent, attirés par la “fleur de la mort” du père, et l'on commença à parler du mariage de Namié. Finalement, celui que son père choisit comme étant digne de Namié fut Tōyama, un ingénieur d’un caractère rigide et conservateur. Mais Namiko, incapable de supporter le caractère de Tōyama, refuse le mariage.
「死花」といふ言葉がある。美しい日本語のひとつである。伝蔵自身が、さう言ふ。さうして、伝蔵が、死花を咲かせるなどと言ひだしたのは、波子の嫁入り話と前後してゐた。
五十をいくつも越してゐない年であるから、まだ、死花には早やすぎる。けれども、芝居もどきの表現が好きな父で、その一生も芝居もどきでかためてきたから、うつかり冗談だと思つてゐると、いつ、何をやりだすか分らない。けれども、波子は、ばからしかつた。やる気なら、黙つて、さつさとやりなさい、と思つた。
Il existe un mot, “shibana”, la fleur de la mort. C'est une des plus belles expressions de la langue japonaise. C'est Denzō lui-même qui le dit. Et c'est vers l'époque où l'on parlait du mariage de Namiko que Denzō avait commencé à parler de “faire éclore une fleur de mort”.
Il n'avait pas encore cinquante ans, bien trop tôt pour la fleur de la mort. Mais c'était un père qui aimait les expressions théâtrales, et qui avait bâti toute sa vie sur une sorte de mise en scène. Aussi on aurait eu tort de prendre ses paroles à la légère, et on ne savait jamais ce qu'il pourrait faire ni quand. Pourtant, Namiko trouvait cela ridicule. S'il a vraiment l'intention de le faire, qu'il le fasse vite et en silence, pensait-elle.
母も、やつぱり、ばからしがつてゐると見え、苦笑しながら、父をたしなめてゐる。けれども、母は、やがて、泣きだしさうな顔になつたり、失笑したり、表情を失なつてしまつたりする。すると、伝蔵は、怒つたやうな声になる。先に黙つてしまふのは、母であつた。
それを見物してゐる波子は、母が気の毒だとは思はずに、父が可哀さうになるのであつた。年寄の冷水はおよしなさい。今更家名に傷をつけたり、財産を失ひでもすれば、波子たちが可哀さうではありませんか、と、大概最後にいつぺんは、母がかういふ。それをきくと、波子は、必ず、腹が立つた、私のことなら、余計なお世話よ、と、波子は肚に呟くのである。
Sa mère, visiblement, trouvait aussi cela absurde, et elle réprimandait son mari avec un sourire amer. Mais bientôt, son visage se décomposait, comme si elle allait pleurer, ou bien elle éclatait d'un rire forcé, ou encore son expression se vidait complètement. Alors, la voix de Denzō prenait un ton courroucé. Et c'était toujours la mère qui finissait par se taire la première.
En observant la scène, Namiko n'éprouvait aucune pitié pour sa mère, mais plutôt de la compassion pour son père. “Les vieillards devraient s'épargner les bains froids”, disait généralement sa mère pour conclure. “Si vous salissez maintenant le nom de la famille ou dilapidez notre fortune, ne serait-ce pas nous, et les enfants, qui en souffrirons ?” Et chaque fois qu'elle entendait cela, Namiko bouillait intérieurement. “Si c'est pour moi qu'elle dit ça, elle ferait mieux de se mêler de ses affaires”, murmurait-elle en son for intérieur.
死花を咲かせるとは、どういふことだらう。母に訊いてみる。投機に手を出すことだ、と母は言ふ。又、代議士になりたいのだ、と言ふこともある。ボロ鉱山を買ふ気なのだ、と言ふこともあつた。要するに、母にも、異体が知れないのである。
伝蔵は、仕事盛りの年頃には小胆で、これといふ大きなことはしなかつたから、大きな失敗もなかつたが、時々、投機や政治や事業に小さくチビ/\と手を出して、合せてみると、相当大きく先祖代々の財産をすりへらした。女遊びもし、さういふことでも、大概、手切金をまきあげられて、先祖代々の財産をへらした。
長男を北アルプスの遭難で失つたのが、七年前で、そのとき、彼の生活が、一応、ガラリと変つたのである。
投機も、やめてしまつた。政治も、やめた。女遊びも、やめたのである。酒さへ量が少くなつて、めつきり、老けてしまつたのである。
万葉集だの、徒然草だの、芭蕉だのといふものを耽読して、俄か隠居の生活をやりはじめ、紅葉狩だの寺詣だの名所遊歴といふやうなことに凝りはじめ、波子も、稀には、お供をした。女房子供をひきつれて、諸国の料理を食べ歩いてきたことなどもあつた。金のかゝることゝ言へば、書画骨董の類くらゐで、結婚して二十五年、はじめて安心したなどと、母の言ふのを、波子はきいた。
「山にみまかりし我子にさゝぐ」といふ歌があつて、開巻一番、
さんま食ひてなれ思ふ秋もふけにけりわが泣く声に山もうごかん
などゝ詠んでゐる。
山はさけ海はあせなん、といふ名高い歌は、波子もかねて知つてゐたが、さんまを食つて泣き山をゆりうごかしてやらうといふ、実にどうも横着で、山の枯葉一枝ゆりうごかす実感も、なさゝうである。親父のやることは、風流まで、芝居もどきだ、と、波子は、これも、ばからしかつた。
死花を咲かせるなどと言ひだすやうになつてから、一時遠のいてゐた連中が、繁々と遊びにくるやうになつた。伝蔵も亦、頻りに外へでて、呑んでくる。
昔の友達といへば、大概、郷里の陣笠だの、先祖代々の財産をどうやら土俵際で持ちこたへて東京へ亡命してくる連中で、そのほかに、院外団のやうなのや、年中カバンをぶらさげて歩いてゐる男、金銀を探して年百年中山又山を旅行する男、支那陶器の鑑定家、幇間のやうなものもある。奇妙奇天烈な連中が、入りかはり立ちかはり、やつてくるのだ。
ところが、この連中は、年中、用もないのに人を訪問してゐるものだから、ついでに娘の御機嫌などもとりつけてゐるものと見え、野暮かと思へば変通自在で、波子は内心この連中を軽蔑しながら、然し、この連中と話をするのが、決して不快ではないのであつた。
中に一人、謡の半玄人で、ブローカーのやうなことをやつてゐる楠本といふ中老人がゐた。流石に謡の半玄人で、人品骨格、堂々たるものである。楠本にも年頃の娘があるさうで、宝塚のことだの、西洋映画のことだの、変にくわしく知つてゐる。訪ねてくると、必ず、波子の部屋へも顔出して、一席、御機嫌をうかゞふのである。
「どうでんね。ちかいうち、いちど宝塚の方へ、お供せんならんと思ふてんのやが」と言ふ。楠本は関西の生れである。「格子なき牢獄は、どうや。あれは、伴奏が、しんみりとして、却々、えゝ」
楠本は、きまつて、波子の衣裳、着つけ、化粧などをひとわたり讃めて、時々、着物にさはつてみたり、手を握つてみたりする。はじめ、波子は、なんの気もなかつたが、次第に触り方が多くなつたり、手を握る時間が長くなつたりするので、忽ち、いやになつた。さう気がつくと、楠本の眼つきが助平たらしくて、やりきれなかつた。それ以来、さういふことが始りさうな気配をみると、さつさと部屋をとびだすことにした。然し、楠本は平然として、赧みながら逃げ失せにけり/\などと言つてゐる。波子は立腹し、扉に鍵をかけて、散歩にでかけてしまつたことがあつた。一時間ぐらゐして帰つてきたら、楠本はまだ悠々と部屋にゐて、鍵をかけられたのを幸に、机の上のノートブックだの手紙だのを見てゐた。机の中も、ひそかに掻きまはしたのである。写真が一枚なくなつたのに気付いたのは、後の話であつた。
この男は、又、波子の部屋へくるたびに、必ず、お聟さん、どうどす、四五人、心当りがおまんのやが、と言ひだすのである。
波子に言ふばかりではなかつた。父にも、母にも、言つた。年頃の娘のゐる家庭で、かういふ話は、時候見舞の挨拶のやうなもので、波子もうんざりするほど聞いてゐたから、気にもとめたことはなかつたし、第一、いやらしい楠本の持ち込んできた聟さんなど見向きもしたくなかつたが、楠本は、実は真剣に、伝蔵を口説きはじめてゐたのであつた。
波子の縁談が急速に一家の話題となつたのは、この時からのことであつた。
伝蔵一家の遠縁に当る人が持込んできた候補者で、同郷の出身、三十歳、技師をしてゐる遠山といふ青年であつた。
母の葉子が、すぐ、この話に乗気になつたのは、そのころ、楠本の口説が執拗を極めてゐて、伝蔵が、いつ、その気になるか測りがたい情勢であつたので、その対抗といふ気分もあつた。
葉子は、伝蔵の死花ぐらゐ厭なものはないと思つてゐた。死花といふ言葉だけでもゾッとするぐらゐで、その死花をとりまいて集つてくる有象無象が、内心、最も不愉快きはまる存在であつた。娘のことまで、この連中とつながりを持つに至つては――堪えられないことである。折から、遠山青年の話で、忽ち乗気となり、ともかく、交際させてみようといふ伝蔵の賛成を得た。伝蔵も亦、この話には、相当、乗気を見せだしたのである。
修身の「ヨイコドモ」のやうな男が実在しようなどと、波子は夢にも考へてゐなかつた。ところが、こゝに、現れたのである。しかも、それが、自分のお聟さんだといふに至つて、尠からず、狼狽した。実に、遠山青年は、酒・煙草をのまず、活動写真や芝居は義理によつて三年に一度ぐらゐづゝ見物し、女の子には目もくれたことがない稀世の謹厳居士であつた。
親の命令によつて、二人は時々散歩したが、話といふものが、まつたく、なかつた。遠山青年は音楽に趣味もなく、スポーツに興味もなかつた。と言つて、ディーゼル・エンヂンに就て話をもちかけるわけにはいかないから、早慶戦ぐらゐのことは厭でも話しかけずにゐられない。すると、さうですか、うちの会社にも、野球だのフットボールのチームがあるやうです、とだけ言つた。あるとき、二人で映画見物に行くと、遠山青年は長蛇の列を尻目にかけて、それが切符を買ふ順を待つ人々だとは微塵も気付かずに、横から手をだして、ケンツクを食つた。ケンツクはとにかくとして、蜿蜒長蛇の列が映画見物のためであるとは! 彼の驚きは深刻であつた。さて、映画見物の後、その感想をもとめると、画面の横の字を読んで急いで写真を見直さなければならないので、非常に骨が折れた、とだけ答へた。映画をみて、さういふ感想に就てだけ論じ合ふのでは、助からない。
遠山青年は近世稀な聖人である、と、波子は堅く断定した。然し、とても一緒にくらす勇気はなかつた。遠山青年と結婚するぐらゐなら、孔子様の写真を壁にはつて、尼さんになる方を選びます、と母に答へて、怒られたのである。
もと/\波子はまだ結婚したいとは思はなかつた。二十一であつたが、二十三か四ぐらゐまで、映画だのレビューだの見て歩いたり、友達と遊んだりして、それから結婚したいと思つてゐた。どうせ、しなければならぬ結婚であるから、それまでに、あきるだけ、遊びたかつた。
結婚の話がでるたびに、波子は、この考へを、率直に、父母に語つた。けれども、葉子は、さういふ思想を眼中に入れなかつた。とるに足りぬ流行思想だと言ふのであつた。
「いつ間違ひが起るか知れたものでないから、早くかたづいてもらひたいよ」
と、あからさまに言ふのである。
そんなときの、娘の言葉などはてんで無視して、冷然と自説を押し通すときの母親ほど、綺麗に見えるものはなかつた。波子は、ほれぼれとするのである、四十五だといふのに、三十五六、もつと若く見えるほどで、ぬけるほど色が白く、端麗きはまる輪郭である。受け唇が、童女のやうに、あどけなかつた。癪にさはるほど、綺麗だと思つた。
この家庭へ出入の人々も、波子を綺麗だと言ふよりも、葉子の美しさに驚く人が多かつた。端麗な眼鼻にどことなくあどけない幼さが残り、清らかな色情を漂はしてゐる。支那陶器の鑑定家といふ男など、酒に酔ふと、私は奥様の美を尊敬致します、などゝ口癖のやうに言つて、東洋一の美貌である、などゝ断定した。
波子は母に腹が立つと、きつと、母の美しさが、まづ、まつさきに、意識させられて、いやだつた。いま/\しく、さうして、たしかに、嫉ましかつた。
父と争つて、黙つてしまふ時の母も、やつぱり、特に美しい母であつた。特に美しい母を見ると、波子は必ず嫉ましくなる。父と争つて、負けてしまつて、黙つてしまふ母であつても、特に美しい母であるとき、波子はきつと嫉ましかつた。さうして、母が気の毒だとは思はずに、死花を咲かせたいといふ父の方が、いぢらしく、可哀さうになるのであつた。
死花といふ言葉についてだけ言へば、これはたゞ、ばか/\しいばかりであつた。芝居もどきで、わづか四五人の家族相手に、せいぜい百人ぐらゐの知人を相手に、身につかぬ演技をして、贋の一生をすりへらした父。今となつても、まだ、死花などゝ言ひだして、うけに入つてゐる。ばか/\しいのである、けれども、ふとつた膝の上にのつかつてゐる小さな握り拳などを見て、ふと、父がいとしくなるとき、平凡で、小胆で、気の弱い父、とても可哀さうになつてきて、ひと思ひに、死花を咲かせてやりたいと思ふことが、時々あつた。
思ひきつて、大きなことをやりなさい、家も、財産も、名誉も賭けて、みんな粉微塵にしてしまひなさい。ひと思ひに……時々、波子は、そんな風に叫びたくなつた。
四
あるとき、食事の最中に、やつぱり死花のことで言ひ争つて「もう、孫のできる齢ぢやありませんか。年甲斐もない」母が叫んだ。父も母も、それきり黙つてしまつて、重たい食事を運んでゐる。
波子だけは平然として、二人の顔をチラチラ見ながら、然し、母に腹を立てゝゐた。
孫ができる――孫なんか、できるものか。誰が、遠山なんて、朴念仁と結婚してやるものか。
その日、食事を終へて、外出する父に着代へさせたのは、波子であつた。波子は、着代へさせながら、父に言つた。
「死花つて、何をするつもり」
「…………」
父はふりむいて波子を見たが、そこに「女」の笑顔を見ると、狼狽した。伝蔵の眼は、怖しく、光つた。
「いゝのよ。教へてくれなくとも」波子は甘えた。「だけど、パパ。思ひきつて、やつちやつて……」
波子は、自分では気付かずに、眼が、ギラギラ光つた。
「私のことなら、かまはないわ。文なしになつたつて、私は、平気よ」
「馬鹿」
父は、喋れた声で、波子の方を向かずに、叱つた。さうして、ひどく不機嫌になつて、出がけに、母に当りちらして、行つてしまつた。
伝蔵が腹を立てたのは、ひとつには、自信がなかつたせゐでもあつた。子供の時から、小心で、これといふ大きなことには、どうしても決断のつかない性分だつた。人並以上のことを時々やりかけて、いつも、自信がなかつたのである。
長男を北アルプスで失つて、心気一転、風流三昧の生活をはじめたのも、積り積つた失敗と悔恨の数々が、もはや、堪へがたい時だつたのだ。息子の遭難が、丁度いゝキッカケとなり、彼を救つてくれたのだ。なんとかして、足を洗はなければならない時であつたのだ。お前のおかげで、助かつた――後日、伝蔵は、息子の霊に、かう呟いたほどである。
さうして、風流生活が始つた。
それから七年、彼としては、よくつゞいた方である。性来の浮気性で、脂ぎつた、賑やかなことにふつゝり訣別できる伝蔵ではなかつた。再びヤマ気が頭をもたげる。死花を一花咲かせて、といふわけであるが、かう宣言して、そのことで毎日葉子と争ひながら、然し、性来の小心で、一番不安で、前進の勇気がないのは、実は、誰よりも、本人自身であつた。やらないうちから、すでに、自責と悔恨が、ちらついてゐた。
風流三昧が、何より性に合つてゐたのだ……すでに、伝蔵は、泌々とかう考へることがあつた。
娘が、美しい小蛇のやうな「女」であらうとは。伝蔵は胸に針の痛さを感じた。驚くほどの色情を見たのであつた。
思ひきつて、やつちやつて……と言ふ。私のことなら……伝蔵は、眼をとぢて、救ひを神にもとめたかつた。息つまるからだをうねらせて、燃える言葉を吐いてゐる。ギラ/\光る眼であつた。
脆いほど、鋭く、かたい。いつ、崩れ、いつ、とびちるか、分らない。崩れゝば、地獄へおちる。伝蔵は、思はず、眼をとぢずにはゐられなかつた。
あの色情を北アルプスで失つた方が、俺は、よつぽど、助かつた……伝蔵は、思はず、呟いた。
何よりも、娘をかたづけることが、第一である。遠山謹厳居士に限る、彼は思つた。厭応なく、あの青年に押しつけてしまふに限る、と肚をきめてしまつたのだ。
その日から、死花をめぐる相談ごとのドタン場へくると、伝蔵は一応沈黙して、何気ない風をしながら、実は、必ず波子の顔を思ひ浮べて、然し、それに就て何か考へをまとめるといふわけでもなく、たゞ、漠然と、余裕をつくることにしてゐた。さうして、
「娘が、色々と、私のことを心配して……」伝蔵は、非常に爽やかな笑顔をして、人々の顔を見廻す。「年寄の冷水だ、と、ひやかすのです。まつたく、孫のできる年で、あんまり無茶な、青年のやうな勇気にはやるのも大人げないと、だんだん思ふやうになつてきて……」
彼はひどく好機嫌になつてきて、人の思惑に頓着なく、自分勝手な話をはじめる。さうして、その結びに、女房に泣きつかれるのは驚かないが、娘の意見といふものは、こたへるものだ、と附加へて、したり顔になる。益々機嫌よくなつて、アッハッハと、笑ふのである。
五
伝蔵のお供で、母と三人、京大阪から中国九州まで食べ歩いたとき、波子は家族といふものに就て、この人生の、いや、地球の土台のやうな心棒が、案外たよりない足場のうへに出来上つたグラ/\した安普請のやうな気がして、ふと、一番だいじな信念をなくしたやうな気持になつた。
人生に疲れといふやうなものがある。さういふ魔物めく実体を、その時まで、知らなかつた。
波子は、家庭といふものに就て、自分がこれから結婚し、さうして作る家庭。それに就ては、不安もあれば、希望もあつたけれども、自分が生れ、さうして、育つた家庭。これは、まつたく、別のものだ。それは地球の自転のやうに、意識することも疑ることも不可能な、微動もしない母胎だと考へてゐた。
この家族が、幸福かどうかは、とにかくとして、平凡ではあるが、平和であると考へ、いや、考へもせず、これは、ただ、かういふものだと信じきつて、疑はなかつた。
考へてみれば、家族づれの遊山といふやうなものを、この家族は、殆んど経験したことがなかつた。ピクニックも、芝居見物も、先づ、三人そろつて出掛けたといふことは、殆んどない。
波子は、自分だけ、友達と映画を見たり、劇場へでかけたり、好きなものを食べに行つたりして、それで充分に愉しかつたから、よその家族が一家そろつてピクニックだの芝居だのと出掛けて行くのを見聞しても、まつたく羨しいと思ふことがなかつた。けれども、それは、それで、愉しい筈だといふことも、決して疑つてはゐなかつた。
それは波子が女学校を卒業した翌年の春であつたが、さうして、今から思へば、それが丁度伝蔵の風流三昧の最後の訣別になつたけれども、突然、一家三人で、関西へ食道楽の旅にでた。
汽車の窓を早春の畑が走り、青々とした海原もひらけ、さうして、風が吹いてゐた。波子はそれを眺めて、綺麗な景色には、いつも、綺麗だと思ひながら、然し、この旅行のあひだ、一番はつきり眺めつゞけてきたものは、たゞ、蕭々と吹く風であつた。それは車窓を吹くばかりでなく、目をとぢれば、目と目のあひだ、又、物思ひと物思ひのあひだ、愁ひと愁ひのあひだをわけて、涯もなく、たゞ、吹いてゐる。西からきた風でもなく、南からきた風でもなかつた。たゞ、風。
父と母、さうして、生れた家。――それは、波子にとつて、別々のものではなかつた。いつも、三つがひとつのもの。さうして、それだけが、ほかの世界と対立してゐた。さう考へたわけではなく、昔から、当然、さういふものであつた。
然し、生れた家をでゝ、汽車の中で、すでに波子は、奇妙な現実にふと目覚めた。そこに、父はゐなかつた。たゞ、父とよばれる一人の知らない男と、母とよばれる一人の知らない女とがゐた。
父が今、何を考へてゐるか、母は知らない。母が今、何を考へてゐるか、父は知らない。……さういふことが、なぜか、泌みるやうな切なさで、わけもなく考へられてくるのであつた。異体の知れない他人同志が、今まで、何十年も、一緒にくらしてきてゐる――疑ふことのできない事実なのだ。さうして、いつか、自分といふ子供が生れ、これが又、子供とよばれる他人にすぎない。自分が今、このやうに考へてゐることすら、二人の他人は知らないではないか。……汽車は畑を走つてゐた。子供達が汽車に手をふり、叫んでゐる。波子は、突然立ち上つて、窓をあけて、蜜柑の網袋を子供達に投げてやつて「バンザイ」手をふつた。膝にのせてゐた雑誌が落ち、お茶がひつくりかへつた。
「気違ひのやうに。みつともない……」
母とよぶ知らない女が、たしなめる。波子は笑ひだす。窓外は、春の花曇り。眼をとぢると、眼をつきぬけて、蕭々と風が吹いてゐる。さうして、波子は、風を見た。知らない人の心をつなぐ、暗い、ものうい風を見た。その風の吹き当る涯がない。その風につながれた心と心のむすぶことがないやうに。
大原の寂光院へ行つたとき、それは四月の始めであつたが、もう祇園では花見のよそほひであつたのに、雪がチラ/\降りだした。
手をあげて合図をすれば、バスはどこでも止つて乗せてくれるといふ話であつたから、清流づたひに、八瀬へ戻る道を歩いた。雪がチラついてゐるといふのに、伝蔵は無理な風流が好きなのだ。比叡の山々は、たれこめた雲にかくれて、半分も見えなかつた。
渓流がまがる所に茶店があつて、素朴な立札があり「ちよつと休んで行かしやんせ」と書いてある。ちやうど、そのとき、渓流の藪のなかで、泌みるやうに冴えた声で、鶯が啼いた。たれこめた雲、冷え/\と流れる山気、さうして、渓流にふりこむ雪。けれども、それらの鋭い冷めたさにもまして、さらに冷めたく冴えきつた鋭く目覚ましい一声だつた。
伝蔵は、立止つて、首をひねつた。
「おい、ちよつと……」
伝蔵は、又、首をひねつた。
彼は今、休んで行かしやんせ、に応じる名句を思ひださうとしてゐるのである。茶店へズイとはいりながら、その名句と共に乗込んで、妻子や茶店を賑はしてやらうといふ肚なのだ。あひにく、うまく、浮かばない。雪の降りしきる山中で、さう/\首をひねつてゐるわけにもいかない。あきらめて、
「ちよつと、休んで、行きヤンしよう」
と、はいつて行つた。
何事に首をひねつてゐるのかと思つてゐた二人は、行きヤンしよう、に噴きだしたが、鶯のあの一声に比べて、人の言葉のあまりにも甚しい貧しさに、波子は胸をつかれた。
「パパが下手くそな洒落を言ふから、もう、鶯も、啼いてくれない」
「アッハッハ。鶯も、啼かしやんせぬかい」
雪が、急に、ひどくなつた。もう、歩けない。茶店で、バスを待ち、伝蔵は、山をつゝむ垂れこめた雲を見上げ、やがて、口をあけて、うと/\してゐる。葉子は、シバ漬といふ名物を買ひ、風呂敷に包み、やがて、その漬物を好みさうな知人の名を思ひだして、奥に向つて、改めて追加の註文をする。それを風呂敷に包み直して、又、知人の名をさがしてゐる。
「志田さんの御家族は、いくたりかしら。あなた……」
葉子は、ふと、伝蔵に話心かける。伝蔵は、びつくりして、目をさます。
「なんだい。え? バスが来たのぢやないのか」
「いゝえ。この寒さに居眠りして、風をひくぢやありませんか。志田さんの御家族は、幾人。お子さんが、四人、五人?」
「さて。志田さんの子供は、と。五人ぐらゐだらう。それが、どうした」
葉子は、それに、答へようともしない。それよりも、これが大事だといふやうに、又、風呂敷を包み直してゐるのである。たゞ、思ひついて、きいてみたゞけなのだ。伝蔵も亦、強ひて訊いてみようとはしなかつた。
「おや。雪が、つもりだしたぢやないか。ほら、笹の葉が、まつしろだ」
伝蔵は叫ぶ。
「…………」
葉子は、顔をあげようともしない。伝蔵の茶碗に、茶をついでゐる。……
父も、母も、どうして、こんなに、平然としてゐられるのだらう。……波子は、奇妙に、胸苦しかつた。用もなく、居眠りの人をよびおこす。居眠りの人は目を覚して、然し、べつに、腹を立てた気配もない。てんでんが、バラ/\のくせに、どうして、こんなに、平然と、安心しきつてゐるのかしら。
夫婦になる。子供を生む。――夫とよばれ、妻とよばれて、そのよびかたに、安心しきつて、身をまかしてゐる。夫とよぶ知らない男と、妻とよぶ知らない女が。
何もかも、てんでんに、バラ/\だ。渓流の藪に鶯が啼いてゐる。茶店に、立札がある。雲がたれ、いちめんに、雪が降つてゐる。すべて、それらが、バラ/\のやうに、夫とよぶ知らない男と、妻とよぶ知らない女と、子供とよぶ知らない娘と、それが、てんでん、バラ/\に、集つてゐるだけである。……
それにしても、あの渓流できいた鶯は、はりつめた山気すら鋭くつんざき、めざめるぐらゐ美しい一声だつた。さうして、あの雪のふる渓流も、あれは都から何里も離れない所だといふのに、人の訪れを映したことすらもない幽気にみちた色調だつた。
だが、その鶯も、啼声の美しかつたことだけは忘れてゐないが、もはや耳には、思ひだせない。さうして、渓流の深い色も、心の底に、もう、色あせてしまつてゐた。
たゞ、今も尚、忘れることのできないものは、旅のあひだ吹きつゞけた、あの、涯のない風であつた。からだのまはりに何物もなく、縋るべき一人の知りびともなく、着々と吹く風のみがあつた。眼をとぢれば、眼に、その風が、見えてゐた。さうして、今も、吹いてゐる。……
六
遠山青年の最後の話をもとめられたとき、波子は、両親に、堅い拒絶を表明した。
酒・煙草ものまなければ、映画を見たがりもしない。会社のほかに、何ひとつ、これといふ道楽を持たないといふこと――母が、それを、世に稀な美徳として推奨するのは無理もないが、一生を道楽ですりへらしてきた父が、本気でそれを賞美し、推奨してゐようとは、波子は信じることができなかつた。
父がこの縁談に乗気なのは、娘をもつ父親のかういふ話に処すべき一応当然な態度にすぎなくて、底を割れば、もつと寛大な、融通もきゝ、冗談もまぢつてゐると思つてゐた。あんな謹厳居士、とても私の性に合はないわ、と言へば、アッハッハ、さうか、と言つてそれで済んでしまふことだと思つてゐたのだ。
だが、伝蔵は、むしろ母よりも、執拗だつた。波子の拒否を受けとると、最も諦めわるく、最も煮えきらぬ態度で、応じたのである。
厭なら、厭でなくなるまで、いつまでゞもかうしてゐるぞといはぬばかりの、底に執拗な心をかくして、何かといへばチク/\とそれにふれる。凡そ割りきれぬ肚の底を、さりげない顔につゝんで、いつも、時機をまつてゐる。
波子は、ふと、父に就て、考へ直した。ふだんは至極ザックバランな、悟りきつた外面を見せながら、いざ、事に当ると、小心で、不鍛錬な肚の底をのぞかせる。今迄は、波子と父との関係では、不鍛錬な肚の底を見せられるほど重大な事に当つた例がない。だから、外面の呑みこみの良さに気をよくして、これが父だと思ひこんでゐたのであつたが、軽率きはまることであつた。父は小心翼々として、執念深く、煮えきらない人である、と波子は気付いた。
私の意見に不服なら、自分の意志を押しつければいゝ。その方が、どれだけハッキリして、清々するか分らない。波子は思つた。私は私で、私の意志を、ハッキリ、押通すだけの話だ。――
それにしても、趣味の生活に生き甲斐を見てゐる筈の伝蔵が、何ひとつ道楽のない青年を、青年の中の宝石のやうに言ふ意味が、波子には、呑みこめなかつた。
羽目を外すこともできる人、けれども、限度をわきまへてゐる人、さういふ人が好ましいのだ、と、波子は父にハッキリ告げた。
ある日。母がゐない日であつた。女中が波子を呼びに来て、旦那様がお呼びです、と言ふ。波子は、父の書斎へ行つた。
伝蔵は、書斎のちやうど中央に坐を構へて、波子のくるのを待つてゐた。臍のあたりで指を組んで、坐禅といふ構へである。波子が顔をだして挨拶すると、頷いて、それから、しばらく、目をとぢてゐた。坐れ、とも言はない。目をとぢてはゐるが、別に、むつかしい顔でもない。泥鰌髭が笑つてゐるやうなたあいもない顔である。
「何の御用」
波子は、うんざりして、再び、きいた。壁にもたれて、庭を見ながら。
伝蔵は目をあけた。と、急に、モゾ/\と立上つて、いつになく荘重な顔をしながら、
「ちよつと、来てくれ」
波子をともなつて、幾つか部屋を通り、仏間へ来た。おや/\。これは、お芝居が深刻なことになつた、と、波子はなかば観念した。
「ちよつと、こゝへ坐つてくれ」
波子を坐らしておいて、伝蔵は仏壇の扉をあけ、燈明をともし、数珠をつまぐり、ピタリと坐つて、しばらく念誦してゐたが、それを終つて波子の方に向き直つた時には、まつたく重々しい顔付に変つてゐた。伝蔵は、先づ、肚に力をいれ坐り方を吟味した。
「御先祖御一同様の前で、あなたに頼みたいことがあります」
伝蔵は、かう言つた。言葉の重大さに調和する顔付を崩すまいと、苦心してゐるのである。眼玉を大きく見開かうとする意志と、開かせまいとする志向と、二つのものが入りみだれてゐる証拠には、たうとう半眼に釘づけになる。けれども、大いに波子を睨みすくめる心掛けでゐるらしい。やがて、万策つきはてるのは、分りきつてゐるのである。あなた、だの、あります、だのと、敬語を使つて、いつたい、何事をやりだす目論見なのであらうか。
と、伝蔵は、突然、ピタリと、両手をついた。驚くべし。娘に向つて、敬々しく、頭をたれたのである。そればかりではなかつた。頭を畳にすりつけて、殆んど一分間ぐらゐ、平伏してゐる。
「どうか、遠山さんと結婚して下さい。父の一生の、お願ひです」
父は、平伏しながら、叫んだ。ふりしぼつたやうな声だつた。まさか、泣いてゐるのではないだらう。
波子は危く噴きだすところであつたが、然し、実際、冗談もひどすぎる。母が見たら、泣くであらう、と波子は思つた。いつたい、これは、どう始末すべきものやら。手のほどこしやうもない。まさかに、父は気が違つたのでもないだらう。
伝蔵は頭をあげた。波子は、こまつた。どんな顔付をしたら、いゝのやら。仕方がない。黙つて、父を、みつめる。実際、父を、みつめた。いつまでも、みつめた。
伝蔵も、波子を、みつめる。然し、荷のすぎた努力である。彼はたうとう、眼をとぢてしまつた。
波子は、答ふべき言葉が、分らなかつた。問題は、このやうな話の持ちかけ方によつて左右さるべき性質のものではない。それだけは、分るやうな気がした。答ふべき言葉が分らぬ以上、伝蔵が何を言つても、黙つて、かうして坐つてゐよう、と決心した。もう、いゝ、と父が言ふまで、いつまでゞも坐つてゐる。そのうちに、答ふべき言葉が見つかつたら、返事をするまでの話である。
どれぐらゐの時がすぎたか、こんな稀代な場合にのぞんで、とても時間の測定などは及びもつかない。五分だか、二十分だか、とても分らぬ。御先祖御一同様が、どんなお顔で御覧になつてゐるだらうか。波子は、まつたく、がつかりした。
丁度いゝぐあいに、そこへ女中がやつてきて、楠本の来訪をつげた。なるほど、玄関の方に当つて、罷りいでたるは/\、と唸る声がきこえてゐる。
女中の取次をうけて後も、伝蔵は、しばらく、身動きもしなかつた。こゝが大切なところである。伝蔵は、それを考へてゐたのであらう。と、再び、彼は平伏した。頭を畳にすりつけた。やゝ、長い時間。さうして、立上ると、一言もあとに残さず、又、目もくれず、立去つたのである。
父の跫音が消えてしまふと、波子は、突然、めまひがした。あらゆる力が、ぬけて行く。あらゆる思考が、ぬけて行く。さうして、小さな悲しさが、胸の底に、ひとつ、残つた。
波子は、孤独をだきしめて、長いこと、坐りつゞけた。さうして、父に答へる言葉が、だん/\ハッキリ分つてきた。御先祖御一同様に誓つて、どうしても遠山青年と結婚しない、と心に堅くきめたのだ。
波子は仏壇につゝましく、合掌し、燈明をあげ、鉦をならした。
「ワタクシはキンゲン居士と結婚しなければなりませんか。ワタクシはキンゲン居士がキラヒです。ですから、ワタクシは、キンゲン居士と結婚イタシマセン」
ねむたくなるやうな、ものうさであつた。波子は、すゝり泣いてゐた。
七
遠山青年の家へ遊びに行つてくるやうに、と吩付かつた日は、映画見物に行つてしまつた。遠山青年が遊びにくるといふ朝は、普段着のまゝ、女中の下駄をつゝかけて、裏口からでゝ、隅田川へ、ボート競走を見物に行つた。
その日は、夕食も外でたべて、人々の寝しづまる頃に帰つて来た。友達も誘はず、一日、ひとり、歩きくらして来たのである。せつない一日であつた。
どこへ行つても、人がゐる。人、人である。人のゐない場所はなかつた。人の一人もゐない所へ行つてみたいな、さう考へて、歩いてみた。けれども、人は、どこにでもゐる。
どうして、人のゐない所へ行きたくなるのだらうか。誰も自分に話しかけたり、邪魔したり、しないのに。人は、跫音をたてる。人は、喋る。子供は、泣いてゐる。ボールを投げてゐる。ハモニカを吹いてゐる。
けれども、深山にも、鳥は啼き、渓流は、がう/\ととゞろいてゐる。森林も、風をはらんで、どよめき、海すらも、鳴りとゞろいてゐるのだ。なぜ、人のゐない所へ行かなければならないのだらう。
隅田公園のベンチに休んで、汚い水面を眺めてゐる。ウオー。ウオー。ウオー。と、密林の野獣のやうに、叫びたくなる。ウオー。ウオー。ウオー。密林では、誰も返事をしてくれない。自分の声が、木魂になつて、帰つてくる。その声をきく。気を失ひさうな、ひろさ。変に喉の乾いたやうな、空々しい思索がある。自分は、今、ひとりぽつち。はつきり、分るのは、多分、それだけであらう。だが、公園のベンチにゐても、やつぱり、人は、ひとりぽつちに変りがない。石を拾つて投げる。コロ/\ころがり、子供の足にぶつかり、汚い水面へ落ちこむ。面白くも、ないのである。
浅草へでゝ、知らない雑踏にまぎれる。人波につきあたり、人波をくゞりぬける。ふと、スリに就て、考へた。もし、自分が、スリであつたら。……
レビューと映画を見て、家へ帰つた。
その夜、波子は、自分のために涙を流す母の顔を、はじめて、見た。
葉子の母、波子にとつては祖母に当る人であつたが、それは、女に珍しい豪放な人であつた。孫の波子を愛し、波子のために面白くもない宝塚へ屡々つきあつてくれて、後に、甚だファンになつたが、その祖母が、波子を評して、人に涙を見せない女、と常々言つてゐるといふ。
涙を見せない女とは、どういふことだらう。あまり利巧な子でもないし、だいゝち、お掃除もしたがらない無性な子だが……つまり、祖母によれば、取柄といふのは、涙を見せないことだけなのだ。時々泣くことも、なきにしもあらず、であつた。それは、本人が、よく知つてゐる。祖母の評言も甚だ当にならないと波子は笑ひ、深く、心にとめたこともなかつたのだ。
母の眼に涙を見て、波子は、ふと、気がついた。涙を見せない女。涙とは。波子は、涙の貧しさに、あつけにとられた。あの美しい母が、涙のために、なんと貧しいことだらう! あの端麗の輪廓も、涙のために、くづれてはゐない。あどけない幼さも、くづれてはゐない。涼しい眼すら、涙のために、決して曇りはしないのに。母の貧しさ! 泣く母も、なほ、美しかつた。けれども、貧しく、やせてゐた。
波子は、母をみつめる。
「今まで、どこに、ゐましたか」
貧しい女の声は鋭い。波子は、答へようとしない。貧しい女をみつめてゐる。その貧しさを、みつめてゐる。
「誰か、好きな人が、あるのですか!」
貧しい女は、叫ぶ。
波子は、答へない。
不思議な、深い緊張が、波子の全身をしめつけてきた。一途に鋭くひきしまり、わけの分らぬ叫び声が、でようとした。好きな人! 貧しい女は、わけの分らぬことを言ふ。今、たしか、言つたのである。波子は、なにか、とらへようとした。然し、みんな、逃げて行く。一本の鞭のやうに、ひきしまるからだ。たゞ、眼だけ、大きくひらかれる。
「言つてごらん! 誰ですか。あなたの好きな人は!」
「ハヽヽヽヽ」
波子は笑ひだした。ほてつた頬に手をあてゝ、立上つた。
母も、立上る。顔色が、一時に、ひいた。
「おまへは。――まさか……」
母は狂暴な野獣に変り、とびかゝる身構へになる。立ちすくんで、娘をみつめた。絶望の混乱が、眼を走つた。
「アハヽヽヽヽヽヽ」
波子は、けたゝましく、笑ひしれる。波子は、歩きだした。手を洗ひ、ぬれたタオルで顔をふく。タオルを投げだして、寝台に、からだを投げた。
「もう、行つて。私は、ねむい」
さうして、がつくり、うつぶした。
八
伝蔵は、娘の拒否が激しすぎるのに、やうやく、気付いた。気まぐれや、流行思想でもなさゝうだ、と気付いたのだ。けれども、それが、気まぐれではなく、思ひつめたあげくではあつても、二十一の娘に、何事が分つてゐると言へようか。男の心も、知らない。結婚とは。家庭とは。幸福とは。それが、どのやうに味気ないものであるか、それも知らない。二十一の娘には、二十二の人生すら、分らないのだ。まして、三十の人生も、五十の人生も、知る筈がない。知つてゐるのは、夢ばかりである。
平凡。伝蔵は、それに就て、考へる。もし、人生に、たつたひとつ、狂ひのないものがあるとすれば、それは平凡だけである。あとはみんな、狂つてゐる。けだものである。瘋癲病者と同じことだ。
だから、波子の拒否がどのやうに激しくとも、遠山青年をあきらめることができなかつた。波子は何も知らないのだ。どのやうに思ひつめて遠山青年を嫌ふにしても、その根拠は凡そ薄弱な筈である。波子自身の将来のために、危険ではあつても、利益ではない。
然し、思ひつめて、自殺でもしたら。――伝蔵は、そこまで考へて、うんざりする。長いものには捲かれろ式の気持となり、波子の意志を汲むよりほかに仕方がないと思ひはする。けれども、再び、平凡に就て考へて、遠山青年の平々凡々そのものゝ風貌に思ひ至ると、どうしても、あきらめきれなくなるのであつた。
伝蔵自身の一生も、平凡ではあつた。大極から見れば、平凡そのものゝ一生と言ふよりほかに仕方がない。然し、それですら、多くの波瀾を孕み、無数の瘋癲人を孕み、さうして、多くの波瀾と無数の瘋癲人を押しつぶして、やうやく、平凡であり得たのだつた。妾も、何人となく、つくつた。株に手をだして、失敗もした。政治にかつがれて、落選し、当選しても、莫大な金を失つた。関係した事業は、ひとつとして、成功しない。――ふりかへれば、その足跡のある所には、必ず、ひとりの瘋癲人が、うろついてゐる。今もなほ一家を構へ、安穏に暮してゐるのが、不思議なぐらゐのものである。
娘の聟として、自分自身をあてはめてみるとき、先づ、まつさきに、落第であつた。妻子を路頭に迷はせもせず、今もかうしてゐられるのは、たゞ、偶然の結果にすぎない。自分ばかりではないのだ。大多数の瘋癲人が、辛くも、人の生計を営んでゐる。一万人の九千九百九十九人が瘋癲人にすぎないのである。偶然、人の生計を維持し得てゐるにすぎないのだ。
伝蔵は、死花に就て、考へる。これは、又、これで、別であつた。所詮、瘋癲人は、その一生を終るまでが、瘋癲人であるよりほかに、仕方がない。二十五歳の青年のとき、五十歳の自分が、大人げもなく酒に酔つて猥談し、陣笠の夢を捨てきれずにゐる。それを想像することができたであらうか。碌々として生を終る。自分自身の一生に就て、さういふことは感じてゐた。碌々たるに変りはないが、すてきれず、あきらめきれぬ老醜であつた。
老骨よ。何処をさまよひ、何処へ行くか。伝蔵は、悲しかつた。軍需工業の小さな工場を建てたいといふ男がある。伝蔵を口説き落して、金主にしようといふのである。三日に一度はやつて来て、事業の有望なことを説いて行く。その男が立去る。すると、又、有望な金鉱を見つけたといふ男がくる。いきなりトランクをあけて、鉱石をとりだしてみせ、分析表をひろげて説明しはじめる。五万分の一をひろげて、朱線を入れた区域を指し、隣村に、温泉もあります、と力瘤を入れて、つけくはへる。一度是非実地見分を願ひたい、と言ふのである。この男が立去る。すると地方新聞の社長がくる。金を貸してくれ、と言ふのである。南支で人魚を食つてきた話、満洲で狼と戦つた話、壮大な話に伝蔵を煙に巻いて、悠々と帰つて行く。すると、又――
我、木石に非ず、である。入り代り立ち代り、亡者にかこまれ、亡者の熱弁をきゝ、機嫌よく、調子を合せる。調子は板についてゐる。我ながら巧妙に、拒絶の意を表明する。亡者も亦、甚だ好機嫌に帰つて行く。
葉子が、来客の立去つたあとへ、現れる。なんの話でしたか、と言ふ。石炭の鉱区を買へといふ話さ、と伝蔵は答へる。葉子は、顔色を変へて、伝蔵の顔をぬすみ見るのである。まさか、御返事はなさいませんでしたでせうね。さうしてひとりごとゝもつかず、波子の結婚をきめてからにしていたゞきたいものですね、と言ふのだ。
我、木石に非ず、であつた。あの鉱区を買へばよかつた。伝蔵は、ふと、思ふ。とにかく、実地に調べるだけは、調べてみればよかつた。……だが、それを顔色にも出しはしない。然し、葉子は、知つてゐる。どうせ、それぐらゐの所だらう、と呑みこんでゐるのである。一目見て、ゾッとするやうな眼付ですこと。きつと、油断のならない人ですわ。葉子は、さういふ言葉をつけ加へて、自分の不賛成を明にする。
ひと思ひに……伝蔵は、時々、考へた。だが、いつも、勇気がなかつたのだ。さうして、常に、自信がなかつた。昔も自信は、なかつたのだ。けれども、昔は、色々のことをした。まるで、夢のやうである。今は、もう……瘋癲人としてすら、老いさらばひ、衰へきつてしまつた。
「今更、事業だの政治だの、齢を考へてごらんなさい」と、葉子は言ふ。「成功する人なら、とつくに名をなしてゐなければならない筈です。私は、平凡で、たくさん。今更、あなたに、名をなしていたゞいたり、財産をふやしていたゞかうなどゝ、夢にも、望んでゐませんよ。安穏に暮せれば、それで幸せではありませんか」
娘なら――伝蔵は、ふと、思ふことがあるのであつた。娘には、年老いた瘋癲人の、この悲しさが、分つてくれるかも知れない。虚空に向つて、鯨の息吹のやうな、ボオ、ボオ、といふ涯のない長愁を吹きあげてゐるにすぎない暗さであつた。年老いた瘋癲人。娘の手をとり、その胸に、年老いた醜い涙の顔を隠す。娘は、年老いた瘋癲人の半白の髪をさすつてくれる。
「泣かなくとも、いゝのよ。パパ。遠い所へ、旅行しませう。南の国へ。青々と光る海。さうして、かゞやく杜の中を、歩きませう」
娘は、年老いた瘋癲人の苦い涙を、細い指で、ふいてくれる。
さうして、二人は、旅にでる。……
波子と旅行にでかけよう。伝蔵は思つた。
さうして、二人は、旅にでた。
山峡の渓流で、鮎船にのり、二人は、無限に、鮎をたべた。波子は五匹で満腹した。大きな、爽やかな、鮎だつた。
汽船にのり、うねりの高い初秋の海を越えて、島へ渡る。その島には、カトリックの寺院があつた。数へるほどの戸数しかない小さな漁村に、明治初年の古めかしい寺院があつた。禁令三百年。血をくゞつて伝承した切支丹の子孫が、今もこの島に住み、漁り、さゝやかな山峡の畑を耕してゐる。三百年前の十字架が、サンタマリヤが、教会の壇に飾られてゐた。
このあたりの村々では、往昔、無数の切支丹が、その鮮血を主に捧げたといふ。今は、山も、杜も、海も、たゞ青々と変哲もなかつたが、波子は、なにか、なつかしかつた。
島の旅館は、普通の民家のやうに、小さく、二人の気まぐれな旅行者以外に、一人の宿泊人もなかつた。あいにく、風呂のわかない日で、と、宿屋の娘がことはりにくる。伝蔵は、その風呂をわかさせるために宿屋の主人を拝み倒さねばならなかつた。
その夜、波子は、父に話しかけた。
「ねえ、パパ」
切支丹の島で、最後の返事をきめてもらはう、と波子は思つた。
「ねえ、パパ。私ね。結婚しなくとも、いゝでせう。遠山さんと」
伝蔵は、本能的な、むつかしい顔をした。
「その代り、ほかの人なら、パパのすゝめる人と、大概、結婚するつもりよ」
伝蔵は答へなかつた。とりあげた本の頁を、たゞ、めくつてゐた。
「パパ。私の身になつて、考へてちやうだい。あんなキンゲンな人と結婚するのは、まるで、人身御供に行くやうな気がするのですもの。私は、わがまゝな、ばかな女です。もう、すこし、私に似た人を、さがしてちやうだい。おねがひよ。パパ」
伝蔵は、むつゝりと、をしだまつてゐた。
「その話は、東京で、お母さんと、三人で、きめよう」
ほどへて、たゞ、それだけ答へた。
まもなく、彼は、部屋の片隅に、すゝり泣く波子に気付いた。
はじめて、父に、涙を見せる波子であつた。伝蔵は途方にくれたが、やがて、忽ち、意地の悪い大人になる。入り代り立ち代り現れてくる亡者達に応接する同じ大人になるのであつた。
涙ぐらゐで……彼は思つた。たかゞ、女の、涙ぐらゐで。この良縁をさう簡単にあきらめることはできない。女の涙はぢき、かはく。女は、泣いたことすら、覚えてはゐないものだ。否応なく、結婚させてしまはなければ。――彼の心に、けだものが、見境もなく、たけりはじめる。
瞬間、彼は、やゝ、眼に憎しみをこめて、すゝりなく波子を突きさす。
明日は、東京へ、帰らう、と、思ふ。切支丹の娘達が殉教したといふ島。然し、波子は、死にはしない。この良縁が気に入らないとは、憎い奴だ、といきまいてゐる。
了
底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「現代文学 第四巻第七号」大観堂
1941(昭和16)年8月28日発行
初出:「現代文学 第四巻第七号」大観堂
1941(昭和16)年8月28日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2008年10月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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